飴玉がりがり

輪るピングドラムを噛み砕く記録

りんごの享受とその代償<輪るピングドラム考察>

輪るピングドラムにおけるりんご、つまりピングドラムの授受がどのように行われていたのかをきちんとまとめたことがなかったので、ない頭ひねって頑張ってまとめました(小並感)。

巷では「りんごの計算」と呼ばれているものもあるようですが、ここでは計算ではなく「循環図」として書いていきたいと思います。

 

まず前提条件として、

a.人間が誰かに愛を渡す場合は、何かしらの代償を負うことになる。

b.愛を渡す人がもらった人から何かをもらい補うのは有償の愛(仮)、愛を渡す人が代償として自らを犠牲にするのは無償の愛

c.ピングドラム=無償の愛という仮定

 

ということを踏まえて考えていきたいと思います。

なお、輪るピングドラムは話数順だと時系列が飛び飛びでわかりづらいため、今回は時系列を並び変えて説明します。つまり、いきなり幼少期(大ネタバレ)から入ります。

 

1.幼少期

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【図1】幼少期の愛の授受

愛の授受、つまり運命の人との出会いはそれぞれ

  • 冠葉→晶馬(24話、箱の中の出来事)
  • 晶馬→陽毬(20話、こどもブロイラー回)
  • 陽毬→冠葉(21話、冠葉の父親の葬式時)

の時であったと仮定します。

先ほどの前提条件を踏まえると、彼らはそれぞれに愛を渡す代償として家族になったと言えるでしょう。

24話のクリスタル・ワールドで晶馬が「僕たちは始まりから罰だったんだ」と言っていますが、それは愛をもらう代償、つまり罰として家族になったことを指すのではないかと思います。

 

また、この時、愛をもらった陽毬と冠葉は自覚があるかと思われますが(マフラーと絆創膏のエピソードがそれ)、もらった晶馬と愛をあげた側の当人たちにはそれぞれ自覚がないんですよね。(もらった側の晶馬については具体的なエピソードとしての描写がない。あげた側は「(マフラーを)まだ持ってたのか」「与えた…?私が?」等とセリフ描写されている。)

終盤で家族体制が崩壊し愛を失った三人が、再び愛を受け渡すには改めて各々が自覚することが必要になると想定されますが、その話はまた最終話の項あたりで。

 

2.一度目の陽毬の死(1話)

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【図2】一度目の陽毬の死(1話)における愛の授受

三人が家族として揃うことで循環していた無償の愛。その愛の循環は、陽毬の死によって途絶えることになります。

また、陽毬の病気というものは、ある種「罪を犯した高倉家の罰」を象徴していたようにも思います。少なくとも晶馬と冠葉はそう思っていた。12話の「メリーさんの羊」のたとえ話がその説明的役割だったのでしょうけど、抽象的すぎて逆にわかりづらいのがやや難点…。

高倉家の罰を背負って死ぬ運命の陽毬。そこに現れたのがプリンセス・オブ・ザ・クリスタル(以下、プリクリ様)ですよ。

 プリクリ様は冠葉の命代償に、一時的に陽毬の寿命を伸ばします。そして「ピングドラムを探せ」と命令します。

あれ、ちょっと待ってくれ。前提条件bを踏まえるとこれは冠葉が陽毬に命を差し出すのは無償の愛、つまりピングドラムでは?

そうなんだよね。確かに冠葉は自らの命を代償に陽毬の命をつなぎ止めたかもしれない。しかし、三人で愛を循環させるには、陽毬が冠葉に愛を渡す必要がある。なのに冠葉は愛を得る代わりに陽毬に自分の命を差し出している。間にプリクリ様が噛んでいるとはいえ、結果として二人の間の愛の授受はあくまで有償にすぎないんですよね。冠葉自身は陽毬が存在してくれるだけでいいと言いますが、陽毬が生きていてくれること自体が冠葉にとっては愛を得ている状態なのかもしれない。

何せプリクリ様自身がピングドラム探しの命令を取りやめていないので、陽毬の命を引き延ばしている間に、本当の「ピングドラム」を探す迷走は続きます。

 

 3.二度目の陽毬の死(13話)

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【図3】二度目の陽毬の死(13話)における愛の授受

冠葉の命を代償に、プリクリ様の力で陽毬の命を一時的に延ばしていますが、それにも期限が訪れます。

 

次に冠葉は金と引き換えに、眞悧から陽毬の治療薬を得ることになります。

一見、冠葉と眞悧との取引のようにも思えますが、全話観た方には眞悧がプリクリ様と同種の存在、概念的存在であることがわかるかと思います。つまり、間に眞悧が噛んでいるとはいえ、先ほどの2の項と同様に、これは冠葉と陽毬との間の有償の取引なのです。

代償は金そのものではありません。その金を得るために企鵝の会に加担し、犯罪に手を染めることがここでの代償なのです。

冠葉は罪を犯すことと引き換えに陽毬の命をつなぎ止めている。これが無償の愛であるはずがありません。そもそも眞悧はそれ(無償の愛を否定すること)が狙いなのでしょうけど…。

では陽毬の命を救い、ピングドラム/無償の愛の享受の円を完成させるにはどうすればいいのか。悲しいかな、冠葉がその身を犠牲にするだけではダメなのです。

ここで登場するのが、お待たせしました、荻野目苹果です。

 

4.運命の乗り換えー兄妹たちのピングドラム(24話)

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【図4】運命の乗り換え(24話)における愛の授受

 クリスタル・ワールドで晶馬・冠葉・陽毬は、改めて三人の始まりを思い返します。確かに愛は循環していた、と。しかし、死ぬはずの陽毬が愛を渡すには、その命の代わりとなるものが必要です。その代償として名乗り出たのが苹果です。苹果は「運命の乗り換え」のシステムを利用して、陽毬の命を救います。こうして高倉兄妹はピングドラムを得ることができましたが、高倉家が背負う罰と呪いの炎の代償はまだ残っています。

 

5.運命の乗り換えー代償の呪い(24話)

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【図5】運命の乗り換え(24話)における呪いの授受

この時点で

  • 陽毬ー高倉家の罰(2項参照)
  • 苹果ー運命の乗り換えの代償(呪いの炎)

が依然として残されています。

 冠葉は陽毬が背負うはずだった高倉家の罰を譲り受け、ガラス片となって消えていきます。もしかしたら、これが陽毬に愛を渡し続けた代償だったのかもしれません。

「これは、僕たちの罰だから」

本来は三人で…いやそれ以前に自分一人で背負うべきだった罰を一緒に背負ってくれた苹果への感謝。そして愛を告げる代償として、晶馬は苹果が受けた「乗り換えの代償」の炎を譲り受け消えていきます。

 

6.運命の乗り換えー四人のピングドラム(24話)

 

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【図6】運命の乗り換え後(24話)の愛の授受

晶馬が苹果に愛を告げたことにより、「晶馬→陽毬」だった愛の循環が「晶馬→苹果→陽毬」と変化します。結果として冠葉と晶馬は消えてしまいますが、二人が存在していた証は陽毬の額の傷、苹果の手首の火傷の跡として残りました。塵一つ残せないわけじゃないんだよ、眞悧くん。

先の前提条件を踏まえると、みんな一度はその代償として犠牲にしているので、これは無償の愛…つまりピングドラムの円なのではないでしょうか。

 

クマのぬいぐるみから出てきた手紙は、ペンギンたちからのスペシャルなご褒美だったのかもしれないですね…。あのクマのお腹は、三人で暮らしてるっていう証だもんね。

 

結局冠葉と晶馬は親の呪いを背負うことになってしまうのか…とも思うのですが、運命の導くままに無関係の者が理不尽に罰を受けるより、自分たちが罰を甘んじて受ける、その選択を自らしたことに意味があるのかな、と感じました。どうしても淋しさが拭えないのが、この作品の良くも悪くも特徴だなと思います。書き込んでてまた淋しくなってしまいました。(笑)

しかしうまく説明できただろうか…。心配である。あくまでこじつけ解釈です。

 

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